釜炒り茶は香りが身上
……釜炒り茶は鉄製の釜で茶葉を炒って仕上げた丸い形のお茶。香りが特徴です。
いろんなお茶がありますが、お茶といえば静岡。有名茶産地が集中するだけでなく、生産量約4万トンと名実共に日本一のお茶生産県です。そこで生産されるお茶はほとんどが日本茶の代表、言わずもがなの煎茶。私たちが普段飲んでいるとすれば(最近はペットボトル以外のお茶はあまり飲まれなくなりましたが)、急須でいれる煎茶でしょう。ほかに玉露、番茶、ほうじ茶、茎茶、粉茶、抹茶、玄米茶なども含めると、日本のお茶も様々です。
このバリエーションはあくまで、蒸してつくる“蒸し製”のお茶の中のバリエーションです。日本のお茶は現在、主産地の静岡だけでなく、“蒸し製”のお茶がほとんど。1時間に何百キロも生産できる、量産茶として発展、そのあまりにも画一的な発展が、日本各地に昔からある多様な“それぞれのお茶”を凌駕していきました。2006年の資料(『平成19年度茶関係資料』日本茶業中央会)によれば、茶の国内生産量約91,800tのうちなんと90,130t、99.7%が蒸しのお茶なのです。
その残り、670tの中に、釜炒り茶が含まれています。お茶は、不発酵茶、半発酵茶、発酵茶に大別されますが、不発酵茶のほとんどが蒸し製。前述のお茶はすべてがこの範疇に入ります。釜炒り茶は不発酵茶に分類され、発酵茶にあたる紅茶などをひっくるめて、生産量全体の0.7%の中に含まれているのです。このほか九州、四国、紀伊地方の山間部には、統計に現れない、自家用、自給用の、手づくりのお茶が、細々と生産されています。「鉄製の釜で茶葉を炒って仕上げた丸い形の茶。香りが特徴」と控えめに表現されるこのお茶が、私たちの知らない物語を、ふくいくたる香りと共に伝えてくれています。
香りの秘密は萎凋と釜炒り
……蒸したお茶と釜炒り茶の違い。
蒸し製のお茶は、たとえるなら真新しい畳の青々とした香りに通ずるような新鮮香、植物の青臭さが清々しく感じられるお茶であり、味わいを大切にするお茶で す。蒸し製の玉露やかぶせ茶は、栽培の段階から木におおいをして光合成をにぶらせることで、根が吸収する窒素成分を旨味に利用します。蒸す時間を普通蒸し の約30秒から、60秒~120秒まで長く蒸す“深蒸し”は、水色は濃く青く不透明で、茶葉を砕いてその細胞を味わうに近いとも言えます。
釜炒り茶の製法は全く異なります。高温の鉄の釜で炒る釜炒り茶は、むしろ生葉の青臭さを飛ばします。と同時に、葉が備え持つ隠された香りを良く引き出しま す。というのも、釜炒り茶の製造がさかんな九州では、古くから、炒る前の茶葉を、自然に萎凋させていたようです。煎茶の製造では、萎凋は品質を落とすとし て敬遠されてきました。萎凋とは、茶葉を日に当てたり、風を通して萎れさせること。こうすると、葉に含まれる酵素がはたらいて、芳香を放ちはじめます。何 とも言えない、すばらしい香りです。これに加えて、鉄製の釜で炒ることで、葉の細胞が引き締まるからか、水色はあくまでも清らかで、若干の赤味を帯びた萌 黄色の透明感をたたえます。味わいはあっさりとしてくどさがなく、何杯でも飲めるお茶です。