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高知の國友さんからお茶の実届いた!

かなり嬉しい。高知の山は昔からそこらじゅうにお茶が生えていて、杉の造林などで下生えなど見当たらないようなところも、土の中では昔の根が生きている。だから木を切って日差しを入れたり、焼畑でならしたりすれば、昔のお茶の木がむくむくと萌え出てくる。こういうお茶を山茶、ヤマチャといいますが、國友さんは、ヤマチャの山をたくさん歩いて、とりわけ香りの良いヤマチャが育つ山をみつけ、萌え出る姿そのままに、自然生えの茶園を仕立てていったのです。

届いたこの実は、そんな国友農園の「」という銘柄の釜炒り茶を産する茶園のものだそう。感激だー!

高知のヤマチャはいつごろからあったのか? 文献地誌をあたると、鎌倉時代は確かなようで、古くはあの弘法大師が石鎚山で修行をしていた8世紀末からという説もあるようです。いずれにせよ、千年という途方もなく長い時が、土佐のヤマチャには流れているわけです。

千年の古樹などはありませんが、土佐のヤマチャは花が身を結んで落ち、そこから芽が出てまた花を咲かせてを永遠のように繰り返して、今もひっそり、山に生きている。もしかしたらその末裔(かも知れない)お茶の実が届いた!…ロマンティックでいいでしょう。山の民、代々の授かりもの(かも知れない)なのだから。


この写真は一昨年の今ごろ登った「龍」の茶園。ここから届いたんだねー。よく見るカマボコ型の茶園ではぜんぜんなくて、ぱっと見にはただの雑木林というか焼き畑跡というか。でもここにはお茶のすべて、花も実もある、同じ季節に春萌えた芽のすくすく育つ姿も同居しているのです。こういうのを祝福っていうんではないだろうか。

おととしの秋伺った時に拾ったお茶の実(高知の旅…ヤマチャがたくさん)は結局その翌年に蒔こうとして失敗した、という苦い思い出があるのです。お茶なんてほっておいても生えるのかな程度の認識で。ところがお茶ってデリケートなんですね。いったん根付いたらどうなろうが根っこだけでも生き続けるタフさを身につけるんだけれど、根付くまでがたいへんなのでした。

そもそもが、だいたいの植物は花が咲いたその年に結実するのに、お茶は開花した翌年まで待ってやっと実になるのです。咲いた花が散ったあとに小さな玉ができて、それが翌年じわじわと大きくなる。それが秋になって成熟し、膨らんではぜる。はぜた茶色い実が地面に落ちて半年、周りが暖かくゆるんで、日差しも強くなってきてやっと芽を出す。それまではうんともすんとも言わないんだとか。

さてこのいにしえのお茶の実。まずは乾かさないようにして冷蔵庫に保管しました。なんとか芽を出したいものです。國友さん、ありがとうございました!

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